パーソナルコーチ「はる」の、乳ガンとともに生きる日々

コーチが「がん」になったらどう変わっていくんだろう?

ニックネーム はる
名前 北條良子(ほうじょうりょうこ)
職業 パーソナルコーチ、研修講師。
資格 米国CTI認定 Certified Professional Co-Active Coach (CPCC)
HP  http://ryo-ko.net


2014年1月に乳がん告知を受け、4月に温存手術を受けました。現在はホルモン治療中です。癌告知をされた時は、やっぱり頭に死がよぎりました。元気になったいま、残された命を、同じように病気で悩んでいる人のために使うことを決めました。

あなたは乳がんを経験して、これからどう生きたいですか?
コーチングという対話を使って、自分の中の答えを見つけませんか?

神奈川県在住。小学生男児、1児の母。




人気ブログランキングへ

タグ:乳がん

ブログに来ていただいてありがとうございます。

いろいろ書きためていくうちに、来訪した方がもっと読みやすいように整理できないかと思ってこのページを作りました。

このブログは、パーソナルコーチで、そして妻、母でもある私が、乳がんという病気とどのように戦い、付き合い、克服していくかをつづったブログです。

<私について>はこちら「はじめましてカテゴリー」をお読みください。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_169540.html



現在、「コーチング」という対話のサービスを提供しています。私がコーチとして、クライアントさんと向き合う時、それは相手の力を全力で、全身全霊で信じています。


私自身がコーチをつけていますが、病気の話をじっくり聞いてもらい、励ましてもらい・・・私がきっと病気から立ち上がること、その最悪の状態から学ぶだろう、ということをずっと信じてもらいました。それがとても力になりました。ぜひ皆さんにもコーチングのことを知ってもらいたいです。


<コーチングについて>は「コーチングカテゴリー」をご覧ください。コーチとしての活動、コーチングを通しての気づき、その他の学びを書いています。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_208489.html



<乳がん発見から検査を経て手術を決めるまで>は「手術までの道のりカテゴリー」をお読みください。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_228525.html
乳房に対する思い、マンモトーム生研をはじめとした検査の様子を書きました。

〈乳がんの手術の実施について〉は、こちら「入院カテゴリー」をお読み下さい。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_294556.html

ガンを乗り越えて人生をシフトさせた方にインタビューをさせて頂いてます。今、人生の困難にあっている人に読んで頂きたいです。「Cancer suvivor interview」カテゴリーへ。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_371546.html






私は弟二人が引きこもりだった過去があります。また自分も「生きていくのがつらい」と感じながらの前半生でした。なので引きこもりについて触れている投稿もあります。
「引きこもりカテゴリー」を見てください。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_253210.html

その他、仕事や日常については、「日常のこと/人とのつながりカテゴリー」で。
http://coach-halu.blog.jp/archives/cat_208500.html


友人に勧められて始めたブログですが・・・
書き進むにつれて、「私は『リアルであること』が好きなんだ」、という気付きがありました。でも私にとってリアルなことは、ただありのままを書くことではありません。このブログの投稿も、詳細に書いているようで省いたり、ぼやかしていることもたくさんあります。

私にとっての「リアル」とは・・・「生きること」と「死ぬこと」ではないか、と感じています。ただなんとなく生きていた人生が、死を感じることで、いやがおうにも「どう生きるか」を考えなければならない状態へ。それは確かにギリギリで精神的に追い詰められるできごとですが、一方では強烈な極彩色の、豊かな世界ではないか・・・そしてわたしはその世界を表現することに惹きつけられている・・・今はそう思っています。






3ヶ月ぶりの乳がん定期検診。

3月の京橋はまだ冬のようで、分厚いダウンコートでも身震いしてしまう。 

太陽が雲に隠れ、薄暗いのが気分を重くさせる。

そんな外とは対照的に、病院の中は明るく暖かかった。
重厚な絨毯に座面が広い椅子やソファ。インテリアが ホテルのような雰囲気で、「病院に来た」という重い気分を取り払ってくる。

ホーっと息を吐いてソファに座り、ひと心地する。

目の前には液晶テレビがあり、何気なく目をやると、病院サービスの改善をしたらしく、
・検査の待ち時間が長いとご意見をいただきました。→担当を増やし、検査の時間を短くしました。
・スリッパが滑るとご意見をいただきました。→スリッパを買い換えました。

などと、患者のサーベイに真摯に取り組んだことを伝える画面が流れていた。

きちんと患者の声に耳をかたむける病院に行けることは幸せだ。自分も大切に扱ってもらった気がする。なんとなく心の幸せ度が上がったような。そこからの1時間半後、やっとK先生の診察室に呼ばれる。

先生は相変わらずにこやかで、でも以前より随分痩せたように見える。顔が一回り小さくなったような印象だ。以前、ダイエットをしていると言っていたから、まだ続けているのかもしれない。


「変わったことはないかい?心配なことは?」と、相変わらず優しく聞いてくれる。
こちらは何もないですね、と答えると、カルテを見ながら「次の5月の検診は、超音波をやろう」とのこと。

そろそろ手術後2年ですものね、と言うと、「そうだね、そして次でリュープリンはおしまいにしよう」とも。リュープリンとは、生理を止めるホルモン注射。とうとう来た。

リュープリンは、1本2万円以上するため、財布的にはやめてもらうのは本当にうれしい。年間で8万円医療費が変わってくる。


ただ・・・そうすると生理が復活する。無理やり止めていたものが動き出すのだから、 心と体にどのような影響があるだろう。ちらりと不安がよぎった。


その心を見透かされるように、「2年以上リュープリンをやっても、効果が特にあるというわけでないのが、学会で発表されたんだよ」と補足の説明。アメリカの学会で発表される内容で、日本の標準治療は変わってくる。日進月歩であることは素晴らしいことだ。


「大丈夫だから心配しないでねー」というK先生の声に見送られて、笑顔で診察室を出る。


その後、処置室でリュープリン注射を看護婦さんに打ってもらう。50代の看護婦さんは前回と同じなだな、と思ったので、以前もやっていただきましたね、と言うと、「わー覚えてくださってありがとうございます。」と心から嬉しそうな笑顔が返ってきた。病院もこういったちょっとしたことで、楽しくなるものだなぁと思う。


が、事件は最後に会計で起きた。

会計待ちをしていると、60代だろうか、女性が「あの・・・」と遠慮がちに会計に声をかけている。

「検査なんですけど、水は飲んでいいんでしょうか?」

会計の女性たちは「え?」という顔で一瞬固まっている。明らかに頭の上の吹き出しに(ここに聞かれても)も書いてあった。


女性は「昨日の夜、食べちゃダメなのに食べてしまって・・・お水は今いいんでしょうか?」とくどくどと重ねて聞く。

会計係の一人の女性が、「担当はなんと言っていましたか?」と聞く。
声には若干のイライラが感じられた。

それがわからないから、聞いてると思うのだから、不思議な質問だ。

「ごめんなさい」と女性患者が謝ると、「担当が来ると思うので、お待ちください」と素っ気なく返答。

下を向いて座る女性。

誰が詫びるのが正しいんだろうか。


患者の声に反応して取り組んだサービス改善も、患者に向ける優しい看護婦さんの笑顔も、一瞬で台無しだ。患者の信頼はガラガラと崩れてしまう。

今、この病院に来ている人には、ここに来るまでにストーリーがある。
もし私が、癌を告知されての再検査だったら、この仕打ちは深く傷つくだろうなと思ってしまう。


医者や看護師だけではなくて、受付、会計の人までが病院の顔であり、また患者は当然その人たちにも優しくしてもらいたいものなのだ。もちろん私がされたわけじゃない。でも、いつそうされてもおかしくない対応を見て、嫌な気持ちになったのである。


今回、書こうかどうか迷った内容だが、医療に携わる方に、少しでも患者の気持ちを理解してもらいたく、ここに記す。


 **************************************************************************************************************

2016年3月26日(土)に、調布市国領駅近くで「働く人のためのコーチング体験会」を開きます。

今は癌になっても働きながら治療する時代。そういう方も多いんじゃないでしょうか。

その中には「これからは働き方を変えたい」と思っている方も多いのでは?

もっとゆっくり働きたい。ストレスを溜めないように。

あるいは、

もっとしっかり働きたい。働くことが好きだってわかったし、お金も必要よ!

などなど。

癌治療とは、人生の価値観が変わる時でもあると思うのです。

ぜひコーチングという対話を通して、「自分が大切にしたいものは何か」「本当はどうしたいのか」一緒に考えてみませんか?


詳細、お申し込みは下記からお願いします。
詳細、申し込み


 

 

1月も半ばになり、お正月特有の清々しい、凛とした空気は慌ただしい日常に溶けてなくなろうとしている。

去年は、仕事に子育てにコーチングにと、色々と目の前のことをこなしていくうちに、足早に過ぎ去ってしまった。


まだ年の始めの新しい気持ちで物事にのぞめるような雰囲気が残っている間に、今年やってみたいことをまとめてみたいと思う。 続きを読む

<1年後の覚え書き>

また春がやってきた。
去年の4/18に乳がんの手術をして1年。この記事を5/2に書いているのだから、月日が経つのは本当に早い。



時々、入院していた時の感覚を、感慨深く思い出す。今年の4月は桜が散っても寒い日が続いて、春らしさを実感できなかったけど、去年のあの頃は、初夏を思わせるあたたかさ。


やっと手術を受けられる、という安堵に似た気持や、手術後の「終わった」という安心感。


6人部屋の病室の、窓を開け放って風を楽しむ感覚。白い部屋を軽やかにはためく白いカーテン。
これもまた、白いシーツを素足でなでて楽しむ感触。

夜は夜で、洗面所から見る、東京タワーや六本木ヒルズの輝き。

リンパ液をためるバッグを携行していたから、動きや移動に不自由があった感覚も懐かしい。

自分も含めて病室の女性たちは、みんな何かしらのがん患者で、手術直後だったり、抗がん剤治療中だったり。全然笑えない状況だったけど、テレビも無いアナログな病室で、季節のせいか、なんとなくのんびりとした雰囲気で過ごしていた。意外なほど、暗い思い出じゃない。







なぜ感慨深いんだろう?

あの頃から、ずいぶん遠いところに来た、と思うからか。衝撃の乳がん発覚、二つ目の腫瘍の疑い、全摘の提案…去年の1月から4月は、私は真っ暗闇の中にいて、もがいてあがいて這い上がれなかった。うずくまって動けなかった。文字どおり、絶望、を味わった。


それが今、乳がんは少し遠い存在になり、家族なんかは話題にも出さない。私も普段、忘れてることも多い。

行きたかったコーチングのプロコースに行けて、打ち込むことができている。

ほんとに別世界にいるかのようだ。
それを思うと、今自分が立っている世界が明るくてうれしくて、涙が出てきてしまう。

生きていて良かった。健康に過ごせていて良かった。子供の行事に参加できて、成長が感じられて良かった。心からそう思う。


生きている喜び。命の輝き。


それを感じながら、「ガンはいつか再発転移するかもしれない」と思ってる自分もいる。その可能性が0じゃないことをひそやかに考えている。ブログランキングの隣の記事で、芸能人の健康状態を伝える芸能ニュースで、がんの再発や転移の(そして死亡の)、知らせは決して珍しいことじゃない。


うまく言えないけど、乳がんを経て理解できたのは、世の中の苦しいことや不幸は、決して人ごとではないということ。うまくいっている、と思う人生でも、実はいつの間にか病が進行していることだってあるのだ。それが実感できたからこそ、この何でもない平和な毎日、好きなように身体を動かし、好きなことに打ち解ける毎日に、胸がふるえるのだ。



8月に誕生日を迎え、無事に40歳ーーーーという大台に乗ることができた。うれしいことに、しばらくは「健康」と言ってもいい身体で過ごすことができる。たくさんの人からお祝いの言葉をもらった。以下、facebookに投稿したお礼文に少し手を加えて転載する。



みなさん、

お誕生日のメッセージありがとうございます。

今日起きてしばらく経ってから、40歳という節目を「元気」と言ってもいい身体で迎えられていることに気づき、とても感慨深い気持ちになりました。今年の初めには、普通の生活を送っている自分が想像できなかったからです。

これも私を支えてくれた家族、友人、関わってくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。

病気をすると、さまざまメッセージが自分の中から出てきます。時にそれは矛盾していることもあります。例えば、「人生は短い、やりたいことがあるなら、迷わずやった方がいい」というメッセージのときもあれば、「人生は長い。焦らずゆっくりと歩んでいけばいい」というときもあります。
どちらも真実なのでしょう。事実は一つかもしれないけど、真実は一つじゃない。自分にとって心地の良い真実をソノトキソノトキで選んでいきたいと思います。


人生は80年と言いますが、そうではないことをこの1年で知りました。まさしく「体感」しました。父方と母方のどちらの祖母も90歳までの長生きでしたので、自分もそうだと思い込んでいたのです。まさしくそれは思い込みでした。


よく「いつ死んでもいいように生きよう」と言いますが、今のところそこまで突き詰めた思いはありません。けれども、 自分が得た体感から、「人生はそんなに長くないかもしれない」という事実を忘れず、時にはその事実を眺め、時には傍らに置き・・・・意識をしながら過ごしたいとは思います。
 

最近は、ホルモン治療の影響で、バランスが崩れ、突然のホットフラッシュから滝汗をかいてい時があります。また、全く理由もないのにイライラしたり、落ち込んだりも。どれも「死」と比較すると、たいしたことが無いことですが、一日のうちに何回も浮いたり沈んだりする自分を少し持て余しています。「だって無理なんだもの」を合い言葉に、しばらくゆっくりやっていこうと思います。時にはきまぐれに見えることもあるかもしれません。こんな事情がありますが、どうぞよろしくお願いします。

 

↑このページのトップヘ