パーソナルコーチ「はる」の、乳ガンとともに生きる日々

コーチが「がん」になったらどう変わっていくんだろう?

ニックネーム はる
名前 北條良子(ほうじょうりょうこ)
職業 パーソナルコーチ、研修講師。
資格 米国CTI認定 Certified Professional Co-Active Coach (CPCC)
HP  http://ryo-ko.net


2014年1月に乳がん告知を受け、4月に温存手術を受けました。現在はホルモン治療中です。癌告知をされた時は、やっぱり頭に死がよぎりました。元気になったいま、残された命を、同じように病気で悩んでいる人のために使うことを決めました。

あなたは乳がんを経験して、これからどう生きたいですか?
コーチングという対話を使って、自分の中の答えを見つけませんか?

神奈川県在住。小学生男児、1児の母。




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カテゴリ: 手術後の治療(ホルモン治療、放射線治療)

放射線治療も、残すところ後2回!まできた。もう少し…のゴールが待ち遠しい。もちろん放射線を当てる前に「治れー!」って念は飛ばし続けてる。


放射線をあてている左の乳房全体から、喉仏にかけて。それと脇。当てている箇所は、赤黒く変色している。


放射線医には「日焼け跡のようになる」って言われてたけど、似て非なるものだなぁ、と感じる。皮膚は赤いけど、毛穴だけがブツブツと黒く目立って、それで赤黒い。そんな日焼けなったことない。


乳首も左だけ黒くなり、アンバランス。

変色した部分はかゆみや痛みがあって、本当にブラジャーは無理になった。やっぱりユニクロのブラトップを愛用。

かゆみ、痛み対策は「冷やす」。看護婦さんに教えてもらって、アイスノンが今は寝る時の友達だ。


皮膚は治療が終了して1ヶ月ほどで落ち着いてきて、1年で色は元に戻るということ。皮膚の日焼けは戻るかもしれないけど、果たして乳首は…1年後、報告しようと思う。


先日、通院がつらいことを投稿したけど、耐えきれなくなり、7/9から、会社は休職させてもらった。会社には快く受け入れてもらって、ホントにありがたい。


コーチングもクライアントさんにお話しして、7月は全面的にお休み。


この直前は、体力的につらくて、口癖が「疲れた」と「眠い」。体が動かない疲労が休職の1番の原因だけど、もう1つは……子どもに当たってしまうこと。


余裕が無いと、しつこいくらい怒ってしまう。自分でも、もうやめたらいいのに…と思うのにやめられない。


イタズラなんて、子供ならみんなすること。だけど体力に余裕が無い私は、「なんで私のこと困らせるのよ?」「お母さんとっても疲れてるのに‼︎」っていう思考にはまる。


疲れて…少しウトウトして起きたら、床や絨毯が絵の具だらけだったり…「こんなに疲れてるのに、今から掃除と洗濯か…」と怒りの気持ちが湧いてしまう…



この子供を「私のこと困らせる存在」として捉えてしまう心の動きが、なんだか虐待につながりそうで、自分でもとっても怖かった。




乳がんであることが発覚した時、「生きたい」っていく気持ちの根底には「息子の成長が見たい」という気持ちがあったし、ガンが思いのほか広がっているかも、という恐怖におののいている時、ひょうきんにふざけてくる息子に笑わせられた。




愛を受け取るためには、人に優しくするには、自分自身のコンディションを整えること、余裕を持つことが大切なんだなぁ、と思い至った出来事だった。


(休みを取ってからは、やっぱり余裕ができて、息子に優しくできる元気が戻ってきている。)


*商品パッケージのデザインをしているクライアントさんより。美味しかった…

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*放射線治療が終わる2日前についての覚書


私には、乳腺外科医のK先生の他に、もう1人放射線医の主治医がいる。


名字が同じKなので、KM先生と呼ぶ。年は40代だろうか、背が高く、とても痩せている。いつも物静か。メガネをかけた白い顔からは、「インテリジェンス」って言葉を連想する。


KM先生とは、毎週火曜日、放射線治療が終わってから診察。経過や副作用を報告したり、質問したり。


こないだの火曜日は、最終診察。

「長い期間、がんばりましたね〜」と静かにねぎらう先生。


「はい」と、冷静に答えながらも内心すごくうれしい私。認めてくれる人がいると、苦労が報われる気がする。主治医ならなおさらだ。


先生によると、ガンによって放射線を当てる日数に違いがあり、早いものだと10日くらい。1番長いのは、前立腺ガンで、35日もあるという。


「放射線を当てている部分はどうですか?」と聞かれるので、ヒリヒリしたりかゆみで朝の4時頃に一度起きる生活であることを報告。


すると「リンデロン」という塗り薬を処方するとのこと。ただし、放射線を当てる前にはシャワーで落とさないといけないということ。あと、2日、放射線が残っている。ふむ、明日から朝にシャワーが必須になるな、と考える。




副作用について、最近、気になることあった。
ミュージシャンの坂本龍一が、中咽頭癌になったというニュースが最近あった。

「中咽頭癌」、初めて聞く…一体どんなガンで、どんな治療が必要なのか。ネットでググってみる。

そこで初めて知ったのは、頸部のガン治療のためには、やはり放射線が用いられることが多いけど、乳がんと比較して、副作用が大きい。


患者の方の闘病ブログを読むと、

*味がわからなくなる
*つばが出ない
*顎の骨が炎症を起こす
*口内環境が悪くなることで、虫歯になったり歯が抜けたりする


などで、何年もその後遺症になやんでいる人が多い様子。乳がんの場合、日焼けに似た症状が出ると説明されるだけだったので、放射線の副作用について、深刻に考えたことが無かっただけに驚いた。


そのことをKM先生に言うと、
「そうなんです、首というのは副作用が出やすいところで…放射線を当てているところに痛みも出ます。その点、乳がんは皮膚というか、体の表面なので、あまり副作用が無いんですよ」

とのこと。
自分について安堵の気持ちが広がるとともに、もっと苦労している他のガン患者の人のことを考えると胸が痛んだ。


「ただし」
と、突然KM先生が言う。

「乳がんの場合、乳房に放射線を当てているんですが、肺もかすめています。そのため、100人に1人の割合で、肺炎になります。」

「!」

100人に1人というのは、少ないように思うが、ガンになった身として「充分になる可能性がある数字」。世の中に「絶対なる」、は無いが、「絶対にならない」も無い。


「しかも急激に悪くなることがあるので、変な咳があったら、夜中でも救急に来て下さい。目安として1ヶ月後になることが多いです」

というわけで、9/25に改めて来院を予約。それが最後の済生会中央病院だろうか…


ちなみに…
中咽頭癌の方々の闘病ブログは、読んでとても励みになった。皆さん、日常から感じる副作用の苦しみを様々な工夫で対応し、「術後4年、今ではジムに週3回」などと書いてあると、胸が熱くなって、自分も頑張ろう、と思う。


元気になった人たちも、告知当初は「自分はこれから一体どうなるんだろうか」と言いようのない不安に飲み込まれそうになったり、不摂生な生活を悔いたり…どの気持ちも自分と重ね合わせて思い当たるものがあった。


最近、体力が落ちたこともあって、ブログの更新も滞りがちだったけど、書き続けていくからこそ、伝えられるものがあるんだなぁ、と思った。


私も数年後、「こんなに元気になりました」と届けられるといい。


ただ、1度壊れたものは、つなぎ合わせても元には戻らない。元気になる、って言っても、前と同じ、ではなく、違う元気になることを目指した方がいいんだろうなぁ、とままならない自分の体から最近感じている。


私にとっての「ちょうどいい元気」ってどんなだろう…ただ今、模索中だ。


*これが放射線当てる機械。勝手に「リニアっくん」と命名。 ベッドに横になって、照射されます。

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7/23から復職をしている。放射線治療が終わり、9時〜16時という元の勤務時間に戻った。(実はパート勤務なのだ)


治療が終わったことに、うれしさがジワーっとこみ上げる。もう病院の行き帰りで疲れなくていい、とか、治療の目印にしていたマイルストーンを通り過ぎたこととか・・・いろいろな思いがわき上がってくる。胸のつかえがとれて心のスペースが広がったような気持ち。


その反面、体力の回復は遅かった。放射線治療が終わる4日ほど前から、目の上、というド顔面にヘルペスの水泡ができたり、片耳から水の中にいるような耳鳴りがしたり。それらは疲れたときに、知らせにやってくる疲労センサー。


放射線科にプラスして、皮膚科と耳鼻科に通うという忙しい7月。
「ま、当てたらアカンもん当ててるからね」って友達の言葉になるほどの月だった。




8月に入ってやっとそれも落ち着き、今は休日にほんの少し、短距離のランニングを。1月にガン告知される前は時々やってたけど、人間、心配事があると、そんな余裕なくなり、全くやらなくなった。

「運動」なんていう大層なものじゃなくて、掃除、洗濯、料理っていうなんでも無いこと、もっと言うなら笑ったり朝起きたり、っていう普通のことは、気力、体力が一定のレベルに達していないとできない。どっちが欠けても、朝起き上がることもできないと思う。病気になると本当にそれを実感する。普通のことが普通にできるというのは、身体と心って言う両輪がうまくいっている証なんだ。

朝起きて、ただただ1時間ほどベッドでボーっと過ごす。1月2月は、のしかかってくる鬱な気持ちを追いやってからじゃないと起き上がれなかった自分を思い出して感慨深い今日この頃だ。



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 「 Cancer suvivor②」に登場頂いた、本多由佳さんのその後の検査結果について! 手術跡の辺りに、新しいしこりを発見した、ということで、追加検査を受けたそうですが……結果は「小さすぎてわからないので、経過観察」とのこと。 確かに5ミリだと、通常の針生検じゃなくて、マンモトーム生検しないと…って感じですかね。 ご本人は落ち着いて受け止めていらっしゃって、元気に新しいお芝居に出られる様子です。 良かったら、由佳さんのブログを読んでみて下さい。 http://hondapan.blog96.fc2.com/blog-entry-558.html

3ヶ月ぶりの乳がん定期検診。

3月の京橋はまだ冬のようで、分厚いダウンコートでも身震いしてしまう。 

太陽が雲に隠れ、薄暗いのが気分を重くさせる。

そんな外とは対照的に、病院の中は明るく暖かかった。
重厚な絨毯に座面が広い椅子やソファ。インテリアが ホテルのような雰囲気で、「病院に来た」という重い気分を取り払ってくる。

ホーっと息を吐いてソファに座り、ひと心地する。

目の前には液晶テレビがあり、何気なく目をやると、病院サービスの改善をしたらしく、
・検査の待ち時間が長いとご意見をいただきました。→担当を増やし、検査の時間を短くしました。
・スリッパが滑るとご意見をいただきました。→スリッパを買い換えました。

などと、患者のサーベイに真摯に取り組んだことを伝える画面が流れていた。

きちんと患者の声に耳をかたむける病院に行けることは幸せだ。自分も大切に扱ってもらった気がする。なんとなく心の幸せ度が上がったような。そこからの1時間半後、やっとK先生の診察室に呼ばれる。

先生は相変わらずにこやかで、でも以前より随分痩せたように見える。顔が一回り小さくなったような印象だ。以前、ダイエットをしていると言っていたから、まだ続けているのかもしれない。


「変わったことはないかい?心配なことは?」と、相変わらず優しく聞いてくれる。
こちらは何もないですね、と答えると、カルテを見ながら「次の5月の検診は、超音波をやろう」とのこと。

そろそろ手術後2年ですものね、と言うと、「そうだね、そして次でリュープリンはおしまいにしよう」とも。リュープリンとは、生理を止めるホルモン注射。とうとう来た。

リュープリンは、1本2万円以上するため、財布的にはやめてもらうのは本当にうれしい。年間で8万円医療費が変わってくる。


ただ・・・そうすると生理が復活する。無理やり止めていたものが動き出すのだから、 心と体にどのような影響があるだろう。ちらりと不安がよぎった。


その心を見透かされるように、「2年以上リュープリンをやっても、効果が特にあるというわけでないのが、学会で発表されたんだよ」と補足の説明。アメリカの学会で発表される内容で、日本の標準治療は変わってくる。日進月歩であることは素晴らしいことだ。


「大丈夫だから心配しないでねー」というK先生の声に見送られて、笑顔で診察室を出る。


その後、処置室でリュープリン注射を看護婦さんに打ってもらう。50代の看護婦さんは前回と同じなだな、と思ったので、以前もやっていただきましたね、と言うと、「わー覚えてくださってありがとうございます。」と心から嬉しそうな笑顔が返ってきた。病院もこういったちょっとしたことで、楽しくなるものだなぁと思う。


が、事件は最後に会計で起きた。

会計待ちをしていると、60代だろうか、女性が「あの・・・」と遠慮がちに会計に声をかけている。

「検査なんですけど、水は飲んでいいんでしょうか?」

会計の女性たちは「え?」という顔で一瞬固まっている。明らかに頭の上の吹き出しに(ここに聞かれても)も書いてあった。


女性は「昨日の夜、食べちゃダメなのに食べてしまって・・・お水は今いいんでしょうか?」とくどくどと重ねて聞く。

会計係の一人の女性が、「担当はなんと言っていましたか?」と聞く。
声には若干のイライラが感じられた。

それがわからないから、聞いてると思うのだから、不思議な質問だ。

「ごめんなさい」と女性患者が謝ると、「担当が来ると思うので、お待ちください」と素っ気なく返答。

下を向いて座る女性。

誰が詫びるのが正しいんだろうか。


患者の声に反応して取り組んだサービス改善も、患者に向ける優しい看護婦さんの笑顔も、一瞬で台無しだ。患者の信頼はガラガラと崩れてしまう。

今、この病院に来ている人には、ここに来るまでにストーリーがある。
もし私が、癌を告知されての再検査だったら、この仕打ちは深く傷つくだろうなと思ってしまう。


医者や看護師だけではなくて、受付、会計の人までが病院の顔であり、また患者は当然その人たちにも優しくしてもらいたいものなのだ。もちろん私がされたわけじゃない。でも、いつそうされてもおかしくない対応を見て、嫌な気持ちになったのである。


今回、書こうかどうか迷った内容だが、医療に携わる方に、少しでも患者の気持ちを理解してもらいたく、ここに記す。


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2016年3月26日(土)に、調布市国領駅近くで「働く人のためのコーチング体験会」を開きます。

今は癌になっても働きながら治療する時代。そういう方も多いんじゃないでしょうか。

その中には「これからは働き方を変えたい」と思っている方も多いのでは?

もっとゆっくり働きたい。ストレスを溜めないように。

あるいは、

もっとしっかり働きたい。働くことが好きだってわかったし、お金も必要よ!

などなど。

癌治療とは、人生の価値観が変わる時でもあると思うのです。

ぜひコーチングという対話を通して、「自分が大切にしたいものは何か」「本当はどうしたいのか」一緒に考えてみませんか?


詳細、お申し込みは下記からお願いします。
詳細、申し込み


 

 

最近、放射線治療をしていた頃のことをチラホラ思い出します。

 きっかけは、古くなったブラジャーを捨てようと思ったから。

ブラジャーのワイヤー部分に、放射線治療時、目印のため身体に書かれていたマジックが、うつって黒くなっているんです。

改めて見てシミジミしました。


放射線治療って、痛みは特にともなわないので、私は最初舐めていたんですよね。

会社に行きながら一ヶ月治療するつもりでした。

でもいざ始めてみると、朝、遠回りをしてから病院に寄り、その後、会社に行って仕事するということは、体力的にとても大変でした!しんどさ半端ない感じです。

結局途中から仕事を休職して放射線治療を続けました。

午前中、病院行って帰ると、布団に潜り込んでいましたっけ。起きたら夕方です。
それだけしんどかったんだと思います。
ただそのしんどさは、「放射線」を照射されることからのだるさなのか、通院してから会社に行くことからの辛さなのかは、わかりません。




今思うと、手術が終わって、少しハイになっていたのかもしれません。
終わってほっとするというか、気分が高揚するというか・・・それで「いける」と思い込んでしまった。
大学を卒業して働き始めてから、長く休んだことなんてなかったので休むことに罪悪感もありました。

癌になっても、すぐに人は行動を変えられるわけじゃない。


急に休職することに同意してくれた会社には、今も感謝の気持ちがあります。

もちろん元気に通勤と通院を同時並行できれば言うことありません!

改めて、体の声を聞いあげよう、という気持ちが湧いてくる思い出ですね。



コチラでコーチングのブログをやっています。乳がんのことも少し書いていますので、良かったら遊びに来てください。

*コーチ仲間と高尾山登山をする計画を立てました。良かったら一緒に自然の中でのんびりどうですか?季節もいいので気持ちいいですよね〜。
https://www.facebook.com/events/523338464526364/


 

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