パーソナルコーチ「はる」の、乳ガンとともに生きる日々

コーチが「がん」になったらどう変わっていくんだろう?

ニックネーム はる
名前 北條良子(ほうじょうりょうこ)
職業 パーソナルコーチ、研修講師。
資格 米国CTI認定 Certified Professional Co-Active Coach (CPCC)
HP  http://ryo-ko.net


2014年1月に乳がん告知を受け、4月に温存手術を受けました。現在はホルモン治療中です。癌告知をされた時は、やっぱり頭に死がよぎりました。元気になったいま、残された命を、同じように病気で悩んでいる人のために使うことを決めました。

あなたは乳がんを経験して、これからどう生きたいですか?
コーチングという対話を使って、自分の中の答えを見つけませんか?

神奈川県在住。小学生男児、1児の母。




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カテゴリ: 日常のこと/人とのつながり

8月に誕生日を迎え、無事に40歳ーーーーという大台に乗ることができた。うれしいことに、しばらくは「健康」と言ってもいい身体で過ごすことができる。たくさんの人からお祝いの言葉をもらった。以下、facebookに投稿したお礼文に少し手を加えて転載する。



みなさん、

お誕生日のメッセージありがとうございます。

今日起きてしばらく経ってから、40歳という節目を「元気」と言ってもいい身体で迎えられていることに気づき、とても感慨深い気持ちになりました。今年の初めには、普通の生活を送っている自分が想像できなかったからです。

これも私を支えてくれた家族、友人、関わってくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。

病気をすると、さまざまメッセージが自分の中から出てきます。時にそれは矛盾していることもあります。例えば、「人生は短い、やりたいことがあるなら、迷わずやった方がいい」というメッセージのときもあれば、「人生は長い。焦らずゆっくりと歩んでいけばいい」というときもあります。
どちらも真実なのでしょう。事実は一つかもしれないけど、真実は一つじゃない。自分にとって心地の良い真実をソノトキソノトキで選んでいきたいと思います。


人生は80年と言いますが、そうではないことをこの1年で知りました。まさしく「体感」しました。父方と母方のどちらの祖母も90歳までの長生きでしたので、自分もそうだと思い込んでいたのです。まさしくそれは思い込みでした。


よく「いつ死んでもいいように生きよう」と言いますが、今のところそこまで突き詰めた思いはありません。けれども、 自分が得た体感から、「人生はそんなに長くないかもしれない」という事実を忘れず、時にはその事実を眺め、時には傍らに置き・・・・意識をしながら過ごしたいとは思います。
 

最近は、ホルモン治療の影響で、バランスが崩れ、突然のホットフラッシュから滝汗をかいてい時があります。また、全く理由もないのにイライラしたり、落ち込んだりも。どれも「死」と比較すると、たいしたことが無いことですが、一日のうちに何回も浮いたり沈んだりする自分を少し持て余しています。「だって無理なんだもの」を合い言葉に、しばらくゆっくりやっていこうと思います。時にはきまぐれに見えることもあるかもしれません。こんな事情がありますが、どうぞよろしくお願いします。

 

何でも書いてみるもんだなー、と思う。

困っている人を見るとほっておけない人というのがいるらしい。医療費が高額で困ってる、っていう投稿に、いくつか反応が来た。私だけではもったいないので、シェア。

・放射線治療でも任意の医療保険の支給対象になる場合がある

ブログを読んだ保険の担当者から連絡があって、「手術給付金の対象になる可能性がある」とのこと。現在、申請を準備中。

・大学時代の友人から。
「高額療養費の償還を受けている月が4ヶ月目から、上限が44400円くらいになるよ、」と。いや、確かに毎月8万円が自腹というのは、痛い。うちは夫がいて何とか…なので、一人世帯の人は本当に大変だろう。

・私の経験から
高額療養費の申請をしようと、会社の健康保険組合に問い合わせたところ、「待っていればこちらで(勝手に)手続きしますよ」、とのこと。4月の入院費は早ければ7月に給料の口座に振込されるらしい。手続きが必要な会社の方が多いみたいだから、ありがたい話。でもちょっと拍子抜け。それにしても3ヶ月もかかるのね。


見れなかったけど、先日のNHKの報道で、「働きながらガン治療」している人は、32万人もいるらしい。

抗ガン剤の副作用がだいぶマシになって、働くこともできるようになった、っていう面もあると思う。

働くと、気持ちが紛れたり、人とのつながりを感じて、病気の不安が薄れるっていうメリットも。

でも…高額な医療費を稼がなきゃ、っていう現実的な面も。休んでなんかいられない。うちも夫がいなければ、減っていく貯金を見ながら、不安に苛まれていただろうと思う。


そもそも休んだら、首になるかもしれないし。


休む、働く…が自由に選べる。
思い立ったら社会復帰がすぐにできる。
それが1番いいと思う。それは健康な人にとっても安心を感じる社会であるはずだ。

普段、「時間が無い」といつも思っている。イライラする気持ちも感じてる。


「やるべきこと」「やらなければいけないこと」が目白押なのだ。いや、目白押しと「感じているのだ」。一体、私は何にせかされているんだろう?

何気なく、友人に貸してもらった『ムダとり時間術』(日経文庫/著:渥美由喜)を読んでみた。この本は、ワークライフバランスの大切さを説いた本で、早く帰るための仕事の取り組み方について触れてある項が多い。ここから得た結論からやってみたのが、「デジタルデトックス」。正確には「facebookデトックス」。


本の中で紹介されてて、「懐かしー!」と思ったのが、『7つの習慣』(キングベアー出版/著:スティーブン・R・コヴィー)で紹介されていた、業務を「重要度」と「緊急度」で分けるという考え方。『7つの習慣』は10年ほど前に流行った自己啓発本。

詳しくいうと、業務を「重要度」と「緊急度」で4つに分ける。

①重要かつ緊急


・締め切りがある仕事
・せっぱつまった問題
・病気や事故


②重要だが緊急ではない

・人間関係づくり
・勉強や自己啓発
・健康維持

③緊急だが重要ではない

・多くの電話
・多くの会議や報告書
・無意味な接待やつきあい
・雑事

緊急でも重要でも無い

・ひまつぶし
・だらだら電話
・多くのテレビ


カテゴリー分けを読んだだけで、思い当たる行動が、頭の上に浮かんでくる。すいません、って謝りたくなる。
日常追いかけられている「急かされる気持ち」の正体は何か?
これをやればわかるかも!?

そういう気持ちでフセンを片手にやってみた。

そして出た結果が・・・

①重要かつ緊急

・病院通い(文字通り命かかってるから!)
・洗濯(サボると、こどもが着るものが無くなるから。大人はなんとでもなる)
・仕事や保育園の締め切りのある提出物


②重要だが緊急ではない

・病気でお世話になった人へのお礼
・子どもと遊ぶ
・仕事上の新しいチャレンジ
・自己啓発系


③緊急だが重要ではない

・もろもろの家事(めっちゃ細かくいろいろあった)


④緊急でも重要でも無い

・facebook
・時間があったらやりたい季節物の洗濯や大掃除
・ブログ(病状も落ち着いたし、頻繁な投稿じゃなくて良い)

やっぱり①は後回しになりがち。そして④が占めている時間の多いこと。特にfacebookはスマホアプリで見るようになってから、格段に時間を割くようになった。


偶然にも友人がfacebookを一時休止しようかと相談してきてくれて、一緒に一時期離れてみることに。えいやってアプリを消去してみる。2週間離れてみて・・・

すぐに気付いたのは、隙間時間がすぐにできたということ。通筋時間や、ちょっとした待ち時間、ランチの10分が読書に早変わり。①に時間を振り分けられるので、時間の使い方に満足度が高まる。

ただブログは続けたので、スマホから頻繁にのぞくことになってしまって、完全にスマホからは離れられなかった。ブログアプリの消去も検討中・・・

他の効果は、気持ちが安定すること。
facebookは友人の近況もわかるし、魅力的なイベントのお知らせもくる反面、みんなが遊び・学びに満たされているのを見ると、なんとなく「私もやらねば!」とやらねば感が高まっていた。そこを手放せたのは良かった。


これからfacebookはPCからだけにして、移動時間を使わないようにするつもり。


そうそう、もう一ついいことがあった。
夫が家事を手伝ってくれる割合が多くなった!

夫には何も言っていないから、不思議だったけど・・・・



思い当たることといえば。

できあがったフセンをきれいにカテゴリー分けして、画用紙に貼り、寝室の壁に飾っている。
そこに、ショッキングピンクのフセンで「家事はやらなくても死なない/1人でやろうと思うな/誰かに頼め」ってなんとなく書いたんである。

自分の気持ちを楽にするため、だったんだけど。

思いがけない効果、にウシシとなっている。



手術して2週間、退院して1週間、5/1から職場復帰している。


傷は・・・内出血の紫はずいぶんなくなり、今は大部分が黄色。傷の辺りは黒い。体に「黒」という色があるのは、かなり違和感がある。傷は脇の下だから見えづらいけど、すこし皮膚がよれたようになっていて、不自然な感じが気になっている。全体的に腫れているので、今までのブラジャーは使えず、ユニクロのブラトップを使っている。


退院直後は、左胸から肩甲骨にかけての皮膚に、まるで感覚が無かった。正座でしびれた脚みたい。
これが術後10日目に急にフッと感覚が戻ってきてくれた。ふしぎな感じ。腫瘍を取って凹んだ部分は、木の板が入ったような硬さで、これがいつ無くなるんだろうと思ってる。


そして…予想通り、なんとなく胸を見慣れてきている。あともう少しで…見た目の違和感は感じなくなりそうだ。新しい胸もなかなかいいじゃない、そんなセリフも心の奥から聞こえてくる。


 痛みは・・・傷そのものというより、腕の筋がひっぱられるような感覚があって、腕の内側から手首にかけてが痛い。まるで、腕の中に小人がいて、ワイヤーをひっぱっているようだ。というか、むしろ本当に小人いるんじゃないの?と思うことにした。ただ痛いと思うと不安におそわれるし、その想像の方がかわいいから。


退院してゆっくりしていたか、というとそうでも無い。
実は手術後3日目ぐらいから、心の中でこんな声がしていた。

「こんなに何もしなくていいの?」

「もっと生産的なことしなくていいの?」


自分の中の「成長しなければならない」「前進しなければならない」という思い込みが手放せない、という事実。でも体の声は休息を求めていて・・・すごくモヤモヤした2週間だった。本当にややこしい性格だ。


それを家族に、親友に、コーチに、「もっとゆっくりしていい」「好きなだけゆっくりしていい」「体の声を聞いたらいい」と言ってもらって、やっと今日、「あー、もうゆっくりしよう」と決意できた。今月は休みの日は地元から出ないつもり。本当に手放すのがヘタな性格だ。


「成長したい」「前進したい」という思いは、自分が「今のままの自分じゃダメだ」という思いとウラハラだと感じている。いったい私は何が足りてないんだろう?こんなに頑張ってきたのに。 ずっとずっと小さな頃から…親から、学校から、会社から…そして自分自身から、「もっともっと」と求められてきたメッセージ。

 「今の自分でもう充分」 そう思いたい自分がいる。

何かをインプットするのではなく、今月はゆっくり、自分の中を探検する時間にしてみたい。

『地獄のまっただなかにいると思ったら、そのまま駆け抜けろ』と言ったのはイギリスの元首相チャーチル。


この2ヶ月間ずっと傍らに置いてきた言葉。


文字通り駆け抜けて、今、やっと一息つける場にたどり着いた…でもこれは私1人の力じゃなくて、助言をくれたり、人とつなげてくれたり、私のとめどない繰り言をトコトン聴いてくれた人たちのおかげ。



その中の1人に友人の智子さん、がいる。いわゆる地元のママ友だ。今日は彼女を記録に残しておきたい。



ふたつ目のしこりが癌なら全摘、とS大学病院で説明されても、私はどうしても乳房を失うのがイヤだった。思いきれない…その想いでモンモンとしてたけど、周りの家族、友人に話すと、「それは全摘をした方がいい」っていう人の方が多かった。


だから悩んだ…
自分の想いがワガママなんだろうか?、
病院の梯子をするのはムダなことなんだろうか?って。後どうして私の気持ちをわかってくないんだろうという感情もあって、なんだか孤立した気持ちを抱えてた。


今となっては、そりゃそうだろう、って思う。関係が濃い人ほど、私を失うのを恐れてくれるものだから。



Facebookを見て連絡をくれた智子さんに、ファミレスで、自分の想いを言ってみる。やっぱり全摘を勧められるのかしら…なんて思いながら。



私の、想いだけが先行してわかりづらい話を聞いた後、彼女はこういった。



「あのね…。私…股関節の病気で、3歳まで歩けなかったの。3歳の時に手術して、歩けるようになった。でも脚にこーんなに大きな傷が残ったのよ」

そう言いながら、彼女は腰から太ももまで大きく指を滑らせた。

そうだったのか…全くふつうに歩いているから、何にも気づかなかった…


「だから傷を見ると、今でも手術なんて受けなきゃ良かった、って思う時があるわ。」そう言いながら、まだ言葉を続ける。



「私のお母さんだってね、甲状腺の癌で、何年か前に手術したの。そしたら首に傷が残って…もうお婆さんなのに、すごく気にして、スカーフを巻くのよ。」

今度は首の前で手を真一文字に滑らせた後、スカーフを巻くマネをする。


「だから……はるさんが胸を切りたくないって思うのも当然よ。医療には質を求めていいと思うわ。質って大切よ。」


医療の質…
おなじ乳がん患者でも、見つかった時点で「もうこれは全摘をするしかない」って人が大勢いる。ネットにその情報は溢れてる。それを思うと口には出しづらかったことを彼女はズバリと言ってくれた。


命はもちろん大切。だけど他にも大切にしたいものがある。


いつも気さくで爆笑ばかりさせてくれる彼女。

いつもと違う彼女の言葉は、とても私の力になった。もちろん人生には、つらい決断をしないと生き残れない時がある。でも…まだ…やるだけやってみよう、諦めるにはまだ早いって。


これを読んでる人の中に、もし何かを諦めようとしている人がいたら、伝えてみたい。


諦めるには、まだ早いかも、って。




*この後、私は乳がんの先輩患者に会って、様々な話を聞く。中にはやっぱり全摘を選択しないといけなかった人も多かった。その人たちは、みな優しくて、私の検査の結果が良いよう願ってくれて。いろんな気づきがあった。その話は、また後ほど……

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